魔導好きとしては恥ずかしいことに、ぼくは「ぷよ」から魔導に入ったクチだ。けど一応MSXの魔道1-2-3もプレイしてるよ!!!!まぁ、こんなキモい動画を紹介して何が言いたいかというと、魔導物語という作品はほんとうにすばらしすぎる作品であるということだ。
一時期の魔導物語(ああ、なつかしきコンパイルクラブ!!ももも通販!!!)では、公式と二次創作が入り乱れていて、二次設定が公式に逆輸入されたり、公式が公式に二次創作していたり(ううんややこしい)していて、キャラクタの設定が各作品毎に結構異なっていたりする。そんな状況下で「真・魔導物語」という作品郡が生まれて、これは今までばらばらだった設定に統一的な見解を与え、それを公式な設定として定着させようという意図があった。のだけれど、ぷよ・魔導の世界というのは公式と二次がある種共犯関係を築きながら作り上げてきた世界であったがために、この真魔導の「公式設定」は古参のファンからバッシングを受けたりして、結局は真魔導設定も、数ある設定のうちのひとつという位置に落ち着いたという過去がある。
そんなわけで、いまだに魔導ファンの間では真設定と旧設定の間に派閥のようなものがないわけではないのだけれど、ぼくはどちらかというと(というよりは完全に)旧設定を断固支持するファンだ。
ぼくにとっての魔導物語は、宮台風に言えば「終わりなき日常」を「まったり」生きるRPGなのだ。大作RPGにありがちな、「世界を救う主人公」でもなければ、「パラメータのやりとり」で作られる物語でもない。アルル(1-2-3の時点ではまだ名前がなく、開発者は「らっこ」と呼んでいたらしい)は一介の魔導師のたまごに過ぎず、サタンも世界を滅ぼそうなんて考えていなくて、ただ花嫁を探してるだけ。HPもMPも無機質な数字ではなく、「まだまだ、げんき」とか「まどうりょく、すくなくなってきた」みたいなテキストであらわされるという斬新な仕組み(これはファジー・パラメータシステムと呼ばれる)。
勧善懲悪のわかりやすい物語ではなく、人間と魔物がある種の共存を果たしながら「終わりなき日常」を生きる世界。それが魔導物語の魅力だとぼくは思っている。
しかし、真魔導設定では、アルルにもサタンにも「常人」を超えた役割が割り振られていて、ぼくは初めて真魔導設定を見たときに、「これじゃぁただのファンタジーものじゃないか!」と絶望したことをよく覚えている。そんなわけでぼくは、断固旧魔導設定を支持するのでした。
ところで、当時の魔導の空気と、現在の東方の空気って、結構似ている気がする。魔導の世界観である、人間と魔物が入り乱れて平和に暮らしている感じは結構東方に通じるものがあるし、公式と二次の間の微妙な緊張感に関しても、結構似ている気がする。
あー長かった。最後に要約。「コンパイルと魔導物語はもっと評価されるべき。」おやすみなさい。
追記:
あと、当然というかなんというかシェアルがぼくのジャスティス!!!
シェゾとアルルの関係性ってのは、最強に萌える。シェウィっていうひととはなんとか仲良くなれるけどサタアルっていうひととはちょっと合わない。つまり何がすばらしいかというと、シェアルもシェウィもそうなんだけど、ツンデレ同士のカップリングなんですね。サタンは直線的すぎてありえない。お互いに素直になれないという関係性のキュン死にっぷりと言ったらもう...!!!!!ああもうだめだ言葉では言い尽くせないくらいにシェアルは最高すぎる。興奮して寝付けない。ハルヒとキョンってのもツンデレ同士のカップリングではあるのだけれど、そんなの目じゃないくらいにシェアルはすばらしい。というのは、ハルヒもキョンも互いに相手が自分に好意を持っていることをある程度確信しているのだけれど、シェアルはそれすらない。互いに一方通行。あぁぁっぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁっぁああぁぁぁぁああっぁあぁぁぁもうだめだキュンキュンしすぎて死ねる。
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