ゼロ年代さいごの日

今日でゼロ年代が終わり、明日から10年代が始まる。

ゼロ年代のぼくをふりかえると、高校生、大学生、社会人と変化してきているのだけれど、「中身」はそんなに変化していないように思う。

思えば、2001年にアメリカで同時多発テロが起こり、高校が作っていた雑誌でぼくはその同時多発テロと文化相対主義についての文章を書いた。大学に入ってからもぼくの問題意識はそこにあって、大学の卒論も同時多発テロについて論じるところを出発点にしている。

あと、ゼロ年代のはじめのころ、ぼくはICQなどでネットの友人とやりとりをしていた。まじめな話や、くだらない話に熱中して、そのまま寝落ちなんてこともあった。そしてゼロ年代のおわり頃、昨日はツイッターをひらいたまま寝落ちしたのだった。思えばICQで仲良くしていた友人の一部とは、いまだにツイッターでつるんでいたりもする。やはりゼロ年代を通じてあまりぼく自身は変わっていないようだ。変化したのは、ツールと環境だけ。変わらない関係や問題意識を約10年間持ち続けていながら、環境やツールには隔世の感があるのをかんがえると、すこしだけめまいがする。

でも、じつは、ゼロ年代はぼくにひとつの大きな変化を生んでいて、それは今はぼくが自分自身を「許してる」ということだと思う。ゼロ年代のはじめのころ、他人を見下して他人を貶すことでしかぼくは自分に価値を見い出せなかった。えらくプライドが高くて攻撃的だったのだけど、当時のぼくを知るひとは口を揃えて最近のぼくを「丸くなった」と言う。それはたぶんなにより、ぼくが自分に価値を認めるために他人をくさす必要がなくなったからだろうと思う(しかしいまだに口は悪い)。

ぼくがそんなふうに自分を受け入れることができるようになったのは、なによりもゼロ年代のほぼ半分を一緒に過ごしてくれた恋人が、ぼくのことを受け入れてくれているからだと思う。今の恋人という回路を迂回してようやく、ぼくはぼくを許すことができている。その回路を作ることができたゼロ年代は、なんだかんだと言ってぼくにとってとても特別な年代だったと思う。

ぼくと仲良くしてくれるみんな、ゼロ年代はたいへんお世話になりました。10年代もよろしくおねがいします。

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都内在住プログラマ。男子。

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